今回も、編集長・丸野が実際に20代の頃に経験した心霊体験の最終回です。同棲をしようと彼女と引っ越しをした団地の一室。そこは、本当は足を踏み入れてはいけない場所だったのかもしれません。

【タクシー運転手の怖い体験談　恐怖のノンストップ夜話】

■激しいラップ音が鳴り響く

それからは、彼女自身にもおかしな現象が降りかかってきました。寝室にあるドレッサーでメイクをしているときに、鏡に映った自分が一瞬笑いかけてきたり、テレビを観ていると勝手にチャンネルが変わったり、電源を抜かれたり……。

もっともヒドかったのは、上の階には人が住んでいないはずなのに、駆け回るような足音と独特なパチンというラップ音が留守中に鳴っていることです。それは、帰宅して、鍵を開けて、玄関に入ると、数十秒後に消え入るように止みます。

僕たちは、気味が悪いのでその頃から引っ越すことを考えていました。そんなことを相談し、物件探しをはじめたちょうどその矢先、決定打になるようなことが起こったんです。

■ギロリと睨む男の肉片

僕はある日、バイトにもいけないほどの高熱を出してしまいました。ちょうどその日は、彼女の友人が来るということで、腕によりをかけて、何か料理を作ろう考えていたんです。しかし、立っていることもできないくらいフラフラ。

こんな姿を見せるのも格好がつかないので、僕はスポーツ飲料のペットボトルを持って、寝室にこもりました。

うとうととして、気がつくと寝入っていたようで、びっしょりと汗をかいていました。気持ちが悪いので、着替えをしようと立ち上がります。立ち上がれない。何度チャレンジしてもどうしても体が動かないのです。

彼女と友人の話し声は聞こえています。声を絞り出すように助けを求めました。

「たぁすぅぅけぇぇてぇぇぇくれぇぇ……」

声にならない声。かすれた声でも必死になって、何度も繰り返していると、“助けてくれ”という言葉が、「いってくれぇぇ、でていってくれぇぇぇ……」という風に変わってきたんです。そんなことを言うつもりはありません。しかし、自然と口がそう動いてしまっているんです。

僕はベッドがピッタリとくっつけられたふすまを凝視していました。すると、あるはずのないベッドとふすまの隙間から、男の目がぐぐぅ～っと浮かび上がってきたのです。

それは、4分割にかち割られた顔。見開いた右目と濃い眉毛、頭髪、鼻筋のみの顔でした。割れた部分暗くてよく見えませんが、中身の肉の凹凸がわかります。ショベルで割られたような無惨な顔。

僕は恐ろしくなって、寺の坊主の孫なりに、般若心経を何度も唱えました

「頼む、頼むから消えてくれ！」「俺は何にもしてやれん」と懇願しながらです。すると、その男の肉片が、

「それで消えると思うな……」

とこちらを強く睨みつけてきたのです。その目が近づいてきます。恐ろしくなって、何度も何度も懇願しますが、どんどんどんどんゆっくりと近づく4分の1になった顔。

知らないうちに、僕は気を失い、朝を迎えていました。布団は寝小便でもしたように汗でぐっしょり。恐ろしい夜は去っていました。

数日後、新しい部屋への入居が決まり、引っ越し準備をはじめた僕たち。大切な本を梱包していると彼女が泣きそうな声で僕を寝室に呼びました。ど、どないしたんや。

彼女が指差さす方向。ドレッサーをどけた壁一面に

《ここにすんではいけない》

という小さな文字が無数に書かれていました。

あの部屋はいったい何だったんでしょうか？

今となっては知る術もないのです。（完）

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取材・文／丸野裕行（編集長）

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