13年前、ヤクザである鈴木氏（仮名）はＶシネマに憧れ、ヤクザの世界に足を踏み入れた。

目標は、男臭い武闘派ヤクザよりも、ビシッとネクタイを締めて巨額の金を右から左に動かすような経済ヤクザ。

土地買収、シャブルートの仕切り、債権整理、ベンツ、最高の女を何人も囲い、たまには血で血を洗う抗争なんてのもいい。

日本一のヤクザになるぞ、と大志を抱き、荒波を漕ぎ出した船出だった。

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だが、拾ってもらったのは橋の棒にもかからないような弱小の組。組織の中でも、ウチは一体何次団体なんだろうと頭を捻る、枝の枝の枝の先ほど。

おまけにまともに事務所も構えられず、親分はシャブに溺れるばかり。ん？　何かが違う……そんな違和感が佐々木氏を襲う。

気づいたときには、ヤクザになってもう12年も経っていた。苦しいシノギに困窮する生活。明日の見えない将来よりも今日のメシ代のほうが気になるほどに……。

唯一の娯楽はただで見放題のテレビ。いつもボ～っとみている鈴木氏はその日のテレビに釘付けになった。

■犯罪者心理をついた『ブロークンウィンドウ理論』

世界一の犯罪都市と言われたニューヨーク。近年、あれほど悪名高かった危険な街の殺人事件が1998年には633件にまで激減。その成果は『ブロークンウィドウ理論』を組み込んだ、「まずは落書きを消す」という犯罪抑制対策導入の賜物だった。

1969年にスタンフォード大学のＦ・ジンバルト教授がひとつの興味深い実験を行なった。

とある住宅地にナンバープレートを取り外した乗用車を放置し、様子を見る。１週間経っても変化のない車の窓を教授は叩き割った。途端、次々に訪れた者たちが、バッテリーやタイヤ、部品など金になるものがすべて盗まれた。

人が管理していない場所は小さな犯罪を誘発しやすく、やがて大きな犯罪に繋がる、「自分だけではない」という意識から罪悪感が薄れ、結果的に自分も手を染めてしまうという犯罪心理学の理論。駅前の放置自転車がいい例だ。

日本でも2001年に札幌道警が、駐車禁止、歩行者の信号無視横断などの小さな犯罪の取り締まりに力を入れ、犯罪件数が12パーセントも減少した。

この理論を取り上げた番組を眼にしたオレは、ヤクザ者の端くれとして興味を持った。

「これを逆手に取って金儲けはできないか」と…。

■ヤン車を放置、親から20万ずつ脅し取る

次の日、オレは板金屋で働く後輩に連絡して、タダで車を用意させた。車種は指定してあった。免許取りたてのヤンキーが乗る10年落ちのグロリア。

ヤンキー小僧には、クラウンやセドリックなんかも人気だが、これしかないとオイルダダ漏れ、無車検の斜め赤斜線モノを持ってきた。

「佐々木さん、持ってきましたが」

「おお、悪いな」

「こんなもん、何に使わはるんですか？　ボロ車で買い手なんかつかないですよ、コレ！　佐々木さん？」

「なにを言うとる、これがな、ゼニを産みおるんや、こいつが」

「はぁ……」

≫≫続く

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文／丸野裕行（編集長）

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