リポート／井川定彰（仮名）38歳　食品商社勤務

■すすり泣く夜

のそりのそりと長い通路を歩き、留置所の入り口へ。

鉄の２枚ドアになっていて、こちらからインターフォンで連絡して開錠してもらうようになっている。

刑事「井川連行しました。留置願います」

看守「了解!!」

中の担当の声とブザーが短く鳴る。待っていたのは制服姿の看守だった。看守は基本的に事件や捜査とはまったくのノータッチだと説明を受け、留置所に移されるとすぐ持ち物の検査と身体検査が行われた。

サイフ（現金、家族の写真、カード類など）やケータイ、時計、家のカギ…持っているのはそれだけだ。

預り証にサインをさせ、下着以外の服を脱がされる。チェックは責任者がやり、身長と体重も計った。留置所内での注意事項（騒ぐなどの迷惑をかけない、分らないことは何でも看守に聞くことなど）を聞き、オレは【133】という番号をもらった。

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自殺防止でヒモが除かれた短パンを借りて穿いて、番号が入ったサンダルに履く。サンダルの番号は【12】。う～ん、ややこしい。

看守「先客が１人いるさかい、静かにするようにね」

看守がひそひそ声でそう言った。9時消灯の暗闇の中、自分の布団一式を運びながら、オレは3号官房にブチ込まれた。出入口と正面の窓には頑丈な鉄格子とインスタントラーメンのように波打つ金網。

動物園でしか見たことのない厳重な檻の中は6～7畳はある。ぶ厚いコンクリートの壁に背をもたれ、闇の中で目を光らせながら、現実を受け入れようと必死だった。なんでや…どうして…。オレは、40近くにもなってすすり泣いた。

■何で入った？殺し？

檻の外に備えつけられた時計の針は午前３時を指そうとしていた。真っ暗で、鉄格子の中から見えにくい。

男の声「ようこそ、ニイちゃん…」

オレ「えっ!!」

眠っていると思っていた先客が１人ごそごそと起きてきた。こ、恐い…ほ、ほっておいてぇ…!!

男「何したんや？　シャブシャブ？　それとも人殺ったんか？」

中の様子がわかるように上半身辺りに窓のあるトイレの前で仁王立ちになる、赤井英和似の男。

オレ「いや…、あの…ケンカです…」

男「なぁんや！　俺なんかシャブや!!　男作った女房にハメられた！　あっちゃ～！　とにかくヨロシク！」

なんだか悲壮感のカケラも感じさせない話し方。窓から射しこむ外灯の光でポロシャツの袖からはみ出た入れ墨がチラチラ。う～ん、恐い

男「そんな気ィ落とすなて！　明日には出られるって」

ルームメイトの名は柴田。シバさんと呼んでくれとのことだった。

柴田「もう20日になるけど、早よ出てオメコしたいなぁ～」

陽気なシバさんの声と“明日には出られる”という言葉に勇気づけられて、滅入った気分がちょっとだけ晴れた。しかし、シバさんが再び眠入りはじめた４時半のあと、オレは留置場のどんよりと重い雰囲気に包まれて、一睡もせずに過ごした。

次の日は、朝７時に起床。収監された時間が遅かったために寝ることを許されてはいたが、眠れるわけもない。布団を片付け、ホウキとぞうきんで掃除をはじめた。

洗面を済ませてから、朝食がはじまる。食事はカラカラのパン２個とコーヒー牛乳。もちろん、喉を通るわけはない。

柴田「喰わなアカンで！　隣の房にこの間入ってたヤツは、逮捕されたショックでメシ喰わんと栄養失調になってな。意識が朦朧として、髪の毛引き抜いて食うてたらしい…」

げげげぇ～!!　こんな状況では、精神的に極端に弱いヤツはそんな風になるのかもしれない。オレは、無理やりカスカスのパンを口に詰め込み、コーヒー牛乳で流し込んだ。

≫≫続く

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文／丸野裕行

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